Library : 行って分かること
行って分かること
2000年3月 公開
少々苦言を呈するが、
ゲーム制作の現場では、準備不足からくる問題を
目にすることが多い。例えば19世紀末のイギリスを
舞台にしたゲームを作るとする。当然、
背景やら小道具やらに、当時の風俗や建築様式が
登場するだろう。CGで背景を描くスタッフに、
12世紀に建てられた大聖堂を発注する。
すると当然彼(あるいは彼女)は質問してくるだろう。
「それはいったい、どんなものなんですか?」と。
百言千言を費やしても、
それを言葉で説明することは難しい。
壁の材質は、屋根の造作は、柱の細かい意匠は、
窓の形状は。細部に至るまで説明したとしても、
相手の頭の中に、具体的なイメージを
構築できるかどうかは、怪しいものである。
どうすればいいか、といえば答えは簡単、
写真を見せれば良いのである。
写真がなければ図版だ、単純な白黒の構造図でもいい。
一目瞭然とはよく言ったもので、即座にこちらの
求めるものを、相手に理解させることができる。
もしここで、こちらの要求をちゃんと伝えないまま、
相手のスタッフに判断を任せてしまうと、
例外なく頓珍漢な絵が出来上がってきて、
後で頭を抱えることになる。
どういうものが必要かを把握し、
それを各々のスタッフに理解させることは、
制作を管理する人間が絶対に為さなくてはならない
義務である。たとえそれがどのように素晴らしい
絵であっても、作品の方向性に合わないものであれば、
何の役にも立たない。
もし普通に仕事をしていて無駄な成果物が
生まれてしまうとすれば、
それはスタッフではなく管理側の無能を意味する、
恥ずべき事態である。映画や小説などの制作では、
資料収集やロケーションハンティングなどの
準備作業に時間をかけるのは当然で、
ときにはそれに数年を費やすというのに、
同様な規模の予算を必要とするゲーム制作が
実に不用意な準備状況のまま実作業を迎えて
しまうのには、毎回驚かされたものである。
ファンタジー世界なら制約を無視して
想像力に任せてよいと思うかも知れないが、
そんなに想像力が豊富な人は
ゲーム業界全体を見渡しても存在しない。
なぜならリアルを目指すのに比べ、
全てをフィクションを基盤にした創作として
デザインすることは、その労力、
倍では済まない難事だからである。
たとえ大筋では嘘をつくとしても、
基本的にはリアルを標榜し、細かいディティールに
正確を期することが、結果としては効率良く
魅力を増すコツであると僕は思う。
僕は「クーデルカ」の制作準備として
数人のグラフィックスタッフを伴い、
イギリスはウェールズ、物語の舞台となった
場所に程近い、ペンブロークシャーの海岸に足を運んだ。
日本に居ては、その地図さえ手に入らないような、
辺鄙な土地である。
現地のコーディネーターに事前調査を依頼してあったが、
どういう場所かは行ってみるまでまったく分からなかった。
僕達の目的は、ロンドンで建築物や建築様式、
家具や小道具に関する写真集などの参考文献を
蒐集することと、ウェールズ近辺の修道院跡や
屋敷を回って、テクスチャー用の写真を
撮ってくることだった。
デジカメ、光学、ビデオなど、様々なカメラを抱え、
ガイドの話も聞かずに床に座り込んで
模様を接写している日本人達は、現地の人の目には
かなり奇異な存在と映ったに違いない。
走り回るスタッフから離れて、僕はMDデッキを廻し、
環境音を録音していた。
ウェールズの教会に降る雨の音。
廃墟の砂利道を歩く足音。
断崖の下に群れ集うカモメの声。
打ち寄せては轟々と砕け散る波。
修道院の石壁の、日本で聞くのとはまったく違う響き。
クーデルカの居た1898年と、それは同じ響きであるはずだ。
これと同じ音を、クーデルカやエドワードは聞いたはずだ。
具体的にその録音がどう利用できるかということとは別に、
僕にとってそれは大事な経験だった。
自分が今から作ろうとしている物語の
感触が掴めたような気がしたからだ。
イギリスの暗く淀んだ空の下で、100年前クーデルカが
感じていたことが、今なら想像できる気がする。
文献だけでは駄目、経験だけでも駄目。
様々な情報を下地に、実際のフィールドワークを
おこなってはじめて、それが生きたものとして
自分の心に定着するのである。
行ってわかることは、とても書ききれないほど多い。
フォイルズというロンドンで一番でかい書店で、
カウンターに本を積み上げ、段ボール箱いっぱい
買っていった日本人を店員は笑っていたが、どの一冊も
日本では手に入れることのできない写真であふれ、
イギリスの建築をCGで再現しようとする者にとって、
まさに千金に値する宝の山であった。
これが無かったら、とてもあのように
精緻な背景は作れなかっただろう。
繰り返していうが、準備というものを
軽んじてはいけない。プロジェクトが成功するか
失敗するかは、すでにその時点で決まってしまうのだ。
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