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モーションキャプチャー論

2000年3月 公開

モーションキャプチャーとは、ポリゴンモデルを
3D空間内で運動させる時、例えばそれが人間の形をした
モデルであれば、実際の人間の動作のデータを
コンピューター上に取り込み、当てはめて、
人間の手で打ち込むよりも自然な動きを実現する手法である。
もし、そのモデルが馬の形をしていれば馬の、
犬の形をしていれば犬のデータを取り、
そのモデルに当てはめてやれば、自然な動きをする理屈だ。
例えばこれは、従来の2Dアニメーションの技術における、
ロトスコーピングという手法と
発想を同じにするものだと言えるだろう。
ラルフ・バクシの「指輪物語」や
映画「ヘビー・メタル」などで特徴的な効果を
見せていたこのロトスコーピングというテクニックは、
実際に役者が演技したりカメラが動いたりした
フィルム上の映像を、一枚一枚人間の手で
トレスすることによって、その動きやタイミングを
絵としてのアニメーションに取り込もうという、
当時としても極めて実験的な試みであった。

さて、2Dの画像が情報量において
3Dのポリゴンに優りやすいのは周知の事実だが、
ではいったい3Dポリゴンが武器とすべき特徴はなにか
といえば、それは「動く」ということである。
出来得ればリアルタイムが望ましいが、そうでなくても、
様々なパターンを持って自在に動くということが、
3Dポリゴンの最大の長所だ。
そして同時に、モデリングやテクスチャーに隠れて、
案外なおざりにされやすいのが、
このモーションの部分なのである。
巷でアマチュアCG作家のムービーを目にすることが増えたが、
ほぼ例外なく、モーションに注力されていないのには驚く。
なにやらポーズとポーズの間を、カーブで繋いだだけ、
予備動作も揺れも戻りも何も無く、突然動いて突然止まる、
という悲しいものが多い。
これはカメラのモーションに関しても同様で、
カメラには重量と大きさが有って、
雲台やレールには摩擦係数が有るのだということを
まったく考慮していない。
勿論そういったものが魅力として機能した時代もあったが、
僕の私見ではカメラにおけるデジタルな挙動というものは、
映画「トロン」で完成されており、
それ以上は望めないと思う。
静止画でのデザイン性で勝負するならともかく、
ムービーを舞台とするのであれば、最も重要視すべきは、
モデリングやテクスチャーではなく、
ライティングやモーションであろう。
なぜなら映像のダイナミズムというものは、
まさにこの二つの要素によって、
生み出されるものだからである。

モーションキャプチャーは、
3DCGがリアルという方向性を目指す時、
得難い武器となる素晴らしい技術である。
昨今は機材も進歩し、様々なことが可能になった、
しかし、まだまだ使い方がよく研究されておらず、
またそれをCGに反映する側の意識も低い状態にある。
モーションキャプチャーにはその性質上、
大きな問題点となりうるひとつの特徴がある。
それは本当に細かいニュアンスまで
データとして拾ってしまう、ということである。

たとえば、20才前後の女性のポリゴンモデルを
動かしたいとする。ただデータが取りたいだけで
あるから、それらしい芝居さえすれば
キャプチャーするサンプルは男性でも構わないような
気がするが、駄目なのである。
実際にキャプチャーしたデータを見れば、
それが男性のものか女性のものか、
あるいは何才くらいの人の動きかが、
全部分かってしまうからである。
取っている時は気がつかなかったような
微妙なニュアンスが、データ化されると
如実に分かるようになるのには驚かされる。
要するに、ある人間の肉体が、その骨格や筋肉、
脂肪の付き方等を基準に、
その人の精神性にとって最も自然な動きを、
無意識のうちに行っているということ。
それが、データ化というフィルターを通って、
より純粋にされた形で我々の目の前にあらわれるのである。
少年は少年の挙動を、老人は老人の挙動をする。
これは、芝居や調整でどうにかなるものではない。
このあたりをちゃんと弁えていないと、
おっさんのような走り方をする20才前後のヒーローや、
まるで腰の座ってない鎧武者が
出来てしまったりするのである。
モーションキャプチャーであることの魅力が
最も発揮されるのは、大仰なアクションをしている時
よりも、むしろごく自然な仕種をしている時である。
何気なく足を組む仕種、首をかしげる挙動、
ただ立っているだけで、その人となりを
ちゃんと表現してくれるのが、
モーションというものの面白いところなのだ。
モーションキャプチャーは、
まだ技術的にも発展途上のものであるため、
様々な制約がつきまとう。
たとえば日本国内で使用されている代表的な
システムであるバイコン。
(8から12カメラのものが主流であるようだ)
光学式で、精度は高いのだが、いまひとつ使い勝手が
良く無い。カメラ数を増やせばマーカーがハイド
(隠れる)することに対応できるようだが、
それでも対象が完全に寝転がってしまったり、
椅子に座っていたりすると、
ちゃんとトレースすることができない。
対象が複数で、非常に近接する場合なども同様である。
そういった部分に対してメリットのある磁気式は、
広い範囲をカバーすることができず、
マーカー数にも制限があり、機敏な動きに
反応できないなど、一長一短という感じである。
またどちらも、キャリブレーションに長大な時間を要し、
頻繁にシステムダウンするという問題があった。
マーカーにピンポン球を使う機種では、
少し激しいアクションをすると
すぐにマーカーがどこかへ飛んでいってしまい、
良いテイクが残せないという事態も生じた。
キャプチャーを行うスタジオの側の問題もある。
同録のためのサウンドステージが無いというのは、
言わずもがなだが、光学式で広い範囲をカバーできる
天井高やフィールドも無ければ、
キャラの走行にシンクロしてデータを送れる
ベルトコンベア台も無い。だいいち、
ドアや階段など、基本的な動作に必要な小道具すら、
ちゃんと用意されてはいないのである。
確かにその場で塩ビパイプや板材を使って、
記号としての小道具は作れる。
しかし、体重を掛けられないドアを、
如何に一生懸命叩くふりをしても、
その動きには力がこもらない。
モーションキャプチャーの持つ本来の魅力である
リアリティーやダイナミズムを実現するためには、
こういった些細に見えることに
こだわっていくことが重要だ。
どんな仕事も、実際に始めるまでの下準備に
その成否がかかっているものだが、
特にモーションキャプチャーにはその傾向が著しい。
僕が「クーデルカ」のセッションを行った
ロサンゼルスのスタジオは、
独自にカスタマイズした光学キャプチャーシステムを
持っており、全体で4人以上のスキャンが可能で、
リアルタイムでのプレビューも備え、
ハイドしたマーカーも高確率で補正し、
寝たままのキャプチャーもOK。
芝居の緊張感を損なわないために、
1テイクあたり最大8分、前後のフォーカスの時間も
加えると10分以上という長大なキャプチャーにも
耐える、信頼性の高いシステムだったのである。
(それを1シーンあたり7テイクほど撮り、
最後はハードディスクが一杯になった)
そしてなにより評価されるべきなのは
そのキャプチャーの精度で、通常、国内で撮った
キャプチャーデータは、そのままでは使えず、
スタジオ内で職人芸ともいうべき人間の手によって
修正を加えることが前提で、膨大な作業料金と、
長い作業時間を費やさないと手にできなかったのであるが、
僕がロサンゼルスで撮って翌日持って帰ってきたものは
(さすがにそのまま使えはしないものの)
非常に高精度であるため、自社のスタッフでも
十分に対応できるレベルにまとまっていた。
さらにあらかじめ、シーンごとに必要な
小道具の制作も依頼してあったため、
キャラクターが蹴るべき壁や、座るべき椅子
(もちろんキャプチャー用に最適化してある)
も、ちゃんと用意されていたのである。
もちろん、こういった様々な作業も、
日本側とアメリカ側、両方のコーディネイターの
緊密な連携なくしては、決してスムーズに運ぶものではない。
仕事をする習慣も意識も、まるで違うスタッフ達が
一緒になって働くためには、いきあたりばったりの
やり方では、とても結果は出せないことを、
理解しておくべきだ。
モーションキャプチャーのセッションは
フィルムの撮影と同じで、現場で必要な
細かいノウハウが数多くある。
俳優、機材、音、芝居、スケジュール、
ディレクションなどなど。とても全部書くわけには
いかないから、このくらいにしておくが、
油断をしていると、ありとあらゆる難問が
降り掛かってくる。だが、それに負けずに
新しいことにチャレンジしていくことにこそ、
本当の面白さというものがあるのだ。

モーションキャプチャーは、さらにこれから、
フェイシャル(顔のキャプチャー)、
ハンド(手のキャプチャー)など、
様々に可能性が広がり、ポリゴンに人間らしさを
吹き込む重要な手段となっていくだろう。
しかし、常に気をつけなければならないのは、
素材の大事さである。
どんなに綺麗なデータを撮っても、
元の芝居に魂が入っていなければ、
なんにもならないものだ。
また、キャプチャーとアニメートを較べて
優劣を論ずることもナンセンスだろう。
どちらも、表現としては適切で効果的であれば
それでよいのだから。
3DCGにおけるモーションデザイナーは、
良き演技者でなければならない。
と同時に、良き演出家でもなければならない。
良い芝居を見、それを理解し、そのエッセンスを
自分のものとしていける者だけが、
今後も活躍し、生き残っていけるのだろうと思う。


この項、本当はもっともっと長く、
書きたいことはいっぱいある。
どこかで本にでもさせて貰えまいか。(笑)


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